ランナーが心拍数だけで運動強度を判断するのは限界がある!
ランナーが練習・トレーニングを行う際に、どの程度の負荷(運動強度)が加わっているのか?を判断するために、心拍数を計測することは有名です。
ランニング中に心拍数を計測するようになった背景としては、ペースや感覚だけでは運動強度を把握できないという他に、大きく2つあります。
1つは胸部に心拍ベルトを装着せずに、時計内に搭載してある光学心拍計(光を透過させることにより、脈拍を感知する)で心拍数を予測できるようになったこと。
もう1つはスマートウォッチの普及により、健康の保持・増進のために日常生活でも心拍(脈拍)を計測することがある種当たり前のようになったことが挙げられます。
関連記事:【心拍トレーニングと運動強度】ランニングのパフォーマンスUPに必要なこととは?
目次
ランニング時の新たな運動強度計測ツール:パワーメーター
これまでランニングの世界では、運動強度を把握するために心拍計測を行うか、感覚(自覚的運動強度)に頼るしかありませんでした。
もちろん、ランニング中に心拍数を計測することで、運動強度をある程度把握することは可能です。
しかし、スポーツ医科学、テクノロジーの進化とともに、運動強度を把握するための考え方、ツールも変化しつつあります。
自転車の世界では、パフォーマンスアップや身体へのストレスを計る手段として、パワーメーターを活用したトレーニング(パワートレーニング)が広く知られています。
ですが、パワーメーターが普及する前は、ランニングと同様、ペースや感覚、心拍を参考にしていたわけです。
ただし、自転車の世界と同じ流れが今、ランニングの世界にも押し寄せて来つつあります。事実、海外ではパワーメーターを使用しながら、ランニングを楽しむランナーが増えつつあるのです。
では、なぜ心拍数で運動強度を判断するのは限界があるのでしょうか?なぜパワーを計測することで、運動強度を把握することができるのでしょうか?一緒に考えていきましょう。
心拍数に影響を与える因子
心拍数と運動強度というポイントを見ていく前に、押さえておきたいポイントとしては、心拍数は内的・外的なコンディションに左右されてしまうということです。
内的なコンディションとは、自分自身の体調の善し悪しです。体調は日々変化しますので、体調の良い日もあれば、悪い日もあります。その日の食事(例えば、コーヒーなどの刺激物を多く摂取するなど)によっても、心拍数の反応は変わってくるわけです。
外的なコンディションとは、例えば気温や湿度、風などです。暑い日と寒い日であれば、運動中の心拍数の反応は変わりますし、湿度が極端に違えば、運動中の汗の量も変わってきます。心拍数は体内にある水分の状況によって、反応が変化します。
心拍数に影響を与える因子に関しては、【心拍トレーニングの限界】心拍に影響を与える7つの要因の中で詳しく解説をしていますので、ご覧ください。
ランニングにおけるパワーとは?
ランニング中のパワーを計測することで、ランニング中にどれくらいのエネルギーを、どれだけ速く消費しているかが分かります。
ただ、ランニングにおけるパワーと言ったところで、ほとんどの方はいまいちピンとこないのではないでしょうか?どうやってランニング中のパワーを計測しているのだろうかと。
自転車であれば、パワーはペダルにかけられた力と、ペダルの回転速度(ケイデンス)をかけ合わせることで算出されます。なので、イメージもしやすいわけです。
ランニングの場合はどのようにパワーを算出しているのかというと、
パワー=質量 × 加速度 × 速度
という式で算出します。加速度と速度をパワーメーターでリアルタイムに計測することによって、あなたが発揮するランニング中のパワーが計測できるわけです。
ランニング中のパワーを計測できるようになったことで、あなたがランニング中のどれくらいの力を使っているのかを数値化できます。車と同じく、燃費の良い走行をするには、一定のパワーを維持して走ることが必要になります。
ランニング中の心拍数とパワーはどのような反応を示すのか?
次に、心拍数とパワーを計測・比較した時のそれぞれの反応を見ていきましょう。
例えば、ペースアップした時、もしくはペースダウンした時、心拍数とパワーはそれぞれ変化します。
ペースを上げれば、心拍数は高くなりますし、高いパワーが要求されます。逆に、ペースダウンすれば心拍は下がりますし、少ないパワーで走ることができます。
ただし、ここで注目すべきは、心拍数とパワーの反応には大きな違いがあるということです。
上のグラフをご覧ください。グラフは300mの坂道ダッシュを10本繰り返したものです。
※登りはダッシュで駆け上がり、下りはジョギングで繋ぎながら繰り返す方法(いわゆるインターバル走)。
心拍数(灰色)もパワー(黄色)も「同じような」波形を示しています。
ですが、よくご覧いただければ分かりますが、2つの波形は異なります。
特に1本目の波形は全く重なり合いませんし、それぞれの波形の立ち上がり方と、下降の仕方が異なっているのが分かるでしょうか?
パワーはダッシュと共に立ち上がりますが、心拍は徐々に立ち上がります。ダッシュからジョギングに切り替わると、パワーは一気に下がります。ですが、心拍は徐々に下がっています。
つまり、パワーはランニングの変化に応じて、リアルタイムに変化するのに対して、心拍数はゆっくりとした反応を示すということです。
では、両者の反応の違いが運動強度の判定にどう影響していくのでしょうか?
次の項目以降で具体的に見ていきましょう。
心拍ゾーンとパワーゾーン
具体的な話に入る前に、前提知識として心拍ゾーンとパワーゾーンについて押さえておきましょう。
心拍数で運動強度を評価する場合、心拍ゾーンという考え方が存在します。
例えば、Joe Frielの心拍ゾーンであれば、Zone1〜Zone7まで組まれています(他にも様々な心拍ゾーンの考え方、設定の方法が存在します)。
Zone1は低い心拍の値であり、楽な運動です。数字が大きい心拍ゾーン程、高い心拍の値となります。
※詳しい心拍ゾーンを知りたい方のために、それぞれの心拍ゾーンの値を記しておきます。
Joeは乳酸性作業閾値時の心拍数(Lactate Threshold Heart Rate:LTHR)を基準にした心拍ゾーンを組んでおり、それぞれ
Zone 1 LTHRの85%以下
Zone 2 LTHRの85%~89%
Zone 3 LTHRの90%~94%
Zone 4 LTHRの95%~99%
Zone 5a LTHRの100%~102%
Zone 5b LTHRの103%~106%
Zone 5c LTHRの106%以上
全部で7つの心拍ゾーンとして定義しています。
参考記事:乳酸性作業閾値(LT)を計測しランニングパフォーマンスを向上させるには?
一方、パワーにもパワーゾーンというものが存在します。考え方は心拍ゾーンと同じです。
パワーゾーンにも様々な考え方、設定の方法が考えられますが、Jim Vanceが定義しているパワーゾーンはZone1〜Zone7まで組まれています。心拍ゾーンと同じく、パワーのZone1の値は小さく、Zone7は最も大きな値です。
※詳しいパワーゾーンを知りたい方のために、それぞれのパワーゾーンの値を記しておきます。
JimはFTP(機能的作業閾値パワー)を基準にした心拍ゾーンを組んでおり、それぞれ
Zone 1 FTPの81%以下
Zone 2 FTPの81%~88%
Zone 3 FTPの89%~95%
Zone 4 FTPの96%~105%
Zone 5 FTPの106%~115%
Zone 6 FTPの116%~128%
Zone 7 FTPの129%以上
全部で7つのパワーゾーンとして定義しています。
※FTP(Functional Threshold Power)は有酸素能力の限界パワー≒1時間の最大パワーの平均値のことを指します。もう少し分かりやすく言うと、1時間の全力走で発揮された平均パワーのことです。
心拍数とパワーの反応(具体例)
では、心拍数とパワーの反応の違いが運動強度の判定にどう影響していくのか?具体的に見ていきましょう。
例えば、あるランナーがパワーゾーンのZone4~Zone5をターゲットとした、インターバルトレーニングを行うとします。
その時の結果が上のグラフ(FIGURE 6.1)です。インターバルトレーニング以外のウォームアップやクールダウンの時間も含まれています。
インターバルはジョギングで繋ぐため、その間のパワー出力は小さくなります。なので、全体で見るとZone1のボリュームが大きいわけです。
パワーゾーンのZone4~Zone5をターゲットとした、インターバルトレーニングを行っている時の心拍数はどのように反応しているのか?を示したものが上のグラフ(FIGURE 6.3)です。心拍数とパワーが同じグラフ内に表記されています。
このグラフをご覧いただければ分かりますが、同じトレーニングであるにも関わらず、パワーと心拍数の棒グラフは同じにはなりません。
前述した通り、心拍数の反応はリアルタイムではなく、遅れて徐々に変化するため、運動強度を正確に反映できないわけです。
ジョギングをしている間は運動強度は低いはずです。パワーはジョギングに切り替わった途端、数値が小さくなりますが、心拍数はジョギングに切り替わった後も高い数値を記録し、落ち着くまでに時間がかかります。
逆にジョギングから走行スピードを上げると、運動強度は上がります。パワーはスピードを上げた途端に立ち上がりますが、心拍数は走行スピードを上げても、徐々にしか上がってきません。
ということで、リアルタイムではなくゆっくりとした反応を示す心拍計測を運動強度として判定することの限界が少し理解できたのではないでしょうか?
まとめ
ここまで、運動強度をパワーと心拍数という2つの切り口から見てきました。
中には「心拍数は計測しても意味がないのか?」という疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。ここでお伝えしたいのは心拍数計測は意味がないということではなく、運動強度の判断には限界があるということです。
心拍数はパワーと一緒に見ていくことで、あなたのトレーニング効果・効率を更に高めてくれます。
両方を計測しながらデータを積み上げていくことで、ランニングのパフォーマンスを高めていきましょう。