乳酸性作業閾値(LT)を計測しランニングパフォーマンスを向上させるには?

ランニングのパフォーマンスを決定付ける指標として、最大酸素摂取量(VO2Max)、乳酸性作業閾値(LT)、ランニングエコノミーの3つがあることは有名です。

つまり、身体に多くの酸素を取り込むことができ、身体に乳酸を貯めこむこと無く走り続けることができ、無駄のないランニングフォームで走ることができれば、おのずとランニングのパフォーマンスは向上するということです。

「ランニングのパフォーマンス」とは、いかに速く走れるか?いかに楽に走れるか?辛い状況でもいかに走り続けることができるか?などの総称だと思って下さい。

ですが、厳密に計測しようと思うと、最大酸素摂取量(VO2Max)も乳酸性作業閾値(LT)もランニングエコノミーも、計測するのが非常に難しいわけです。

最大酸素摂取量は運動中の呼気を採取しなければなりません。つまり、専門の器具や環境が必要です。

乳酸性作業閾値は少量ながらも、血液を採取する必要がありますし、血液中の乳酸濃度を計測するためには専用の器具が必要です。

関連記事:マラソンのトレーニング「閾値走」って何?計測から実施方法を解説

ランニングエコノミー(分かりやすくするために、ここではランニングフォームとします)も、細かな動きをチェックしたり、可動域、筋力などを診る専門的な目が必要です。

最大酸素摂取量(VO2Max)、乳酸性作業閾値(LT)、ランニングエコノミーの3要素を厳密に計測することは確かに難しいわけですが、最近はより手軽に予測できるようになってきました。

1つはGPSウォッチが心拍数や加速度計を元にして、予測してくれるようになったこと。

もう1つはビデオカメラの精度が上がり、解析ツールも安価になってきたことです。ランニングエコノミーに限って言うと。

確かに予測してくれることはありがたいことです。ですが、果たして「予測」に信憑性はあるのか?という疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

そこで今回は、乳酸性作業閾値(LT)に焦点を当てて様々な切り口から考察していきたいと思います。

乳酸性作業閾値(LT)とは?

そもそも、乳酸性作業閾値(LT)とは何でしょうか?

その前に、乳酸とは何か?から考えていきたいと思います。乳酸とは「疲労物質」というわけではなく、

運動中に「糖」が分解してできたものです。

つまり、乳酸ができるということは、運動のエネルギー源として「脂肪」ではなく、「糖」が使われているということ。

糖は体内に貯蔵できる量が限られているため、できるだけ使いたくありません。

つまり、乳酸値は低いに越したことはないということです。

これを踏まえて乳酸性作業閾値(LT)について考えていきましょう。

乳酸性作業閾値(LT)とは、下記の図のように血液中の乳酸濃度が急に上がり始めるポイントを指します。

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実際に段階的にランニングのスピードを上げながら血液中の乳酸濃度を計測していくと、ある運動強度を境にして、強度に対する乳酸濃度が急激に上がるポイントが出現するとされています。LTで乳酸が作られる量=乳酸が除去される量となります。

理論上は乳酸性作業閾値(LT)よりも速いペースで走ることで、糖が使われやすい状態となります。もちろん、脂肪が使われないというわけではありません。

逆に乳酸性作業閾値(LT)よりも遅いペースで走ることは、理論上、脂肪をエネルギーとして使いやすい状態ということになります。

そして、乳酸性作業閾値(LT)は個々人に絶対的な値があるわけではなく、トレーニングによって改善が可能です。

乳酸性作業閾値を知ることのメリットは?

では、乳酸性作業閾値を知ることは何が良いのでしょうか?

LTはランニングのパフォーマンスの決定要因の1つですが、当然身体に乳酸が溜まりにくければ、高いパフォーマンスが維持できます。

LTを把握しておけば、閾値走を実施できますし、それによってLTの値を向上させることが可能になるわけです。

減量・ダイエットといった観点で考えてみると、どうでしょうか。LTを把握していれば、LTより遅いペースで長く走ることで、脂肪燃焼の割合は多くなります。

とにかく走る距離を稼ぐ、高い強度のトレーニングをする、感覚でトレーニングを積むのではなく、科学の力を使って効率的に速く走る、効率的に減量していくという意味でも、LTの把握は重要です。

LTをどうやって計測すれば良いのか?

では、ランナーにとって重要な指標の1つである乳酸性作業閾値(LT)はどうやって計測すれば良いのでしょうか?

LTの計測には専門の設備が必要です。1つは運動強度をコントロールできる環境。そして何より大切なのが、運動中に血液を採取する必要があることです。

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※乳酸性作業閾値(LT)計測には専門的な環境が必要

基本的には研究機関での計測となるため、一般ランナーが計測できる機会は非常に限られます。この記事を書いている時点では、横浜スポーツ医科学センターにて計測が可能です。

とは言え、地理的な問題もあるため、誰もが計測できるというわけではありません。

そこで、代替案として最近になってGarmin社からリリースされたGPSウォッチでも予測ができるということで、注目が集まっています。

機種は限定されており、Fenix、ForeAthlete 735XTJ、630J+心拍計を使うことで予測が可能です。

で、GPSウォッチを活用したLTの予測は実際のところどうなのか?という、ようやく今回のテーマに入っていきましょう。

乳酸性作業閾値を実際に計測した結果

では筆者の事例を元に、実際のLTの値、GPSウォッチから弾き出されたLTの予測値、さらにジャックダニエルズ氏のランニングフォーミュラで紹介されているVDOT理論から予測するLTペースについて考えてみましょう。

ジャックダニエルズ氏のランニングフォーミュラ(VDOT理論)は同氏が運動生理学者として、そして指導者として積み重ねてきた実験と実践の結晶であり、トレーニングの指針および予測を統計学として示したものです。

※今回はデータの引用のみ活用する関係で、詳細を知りたい方は書籍をお読み下さい。

まず、実際に計測した乳酸性作業閾値のデータを見ていきましょう。

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LTの計測にあたっては、7′09″/kmからスタートして、3′51″/kmまで3分間のランを6回、各セット間のインターバル1分。1分間の間に耳たぶから血液を採取します。

グラフ上で確認すると、LTの実測値は6分15秒。ちなみに、安静時の血中乳酸濃度が2mmol/Lを超えているので、数値としては高いです。平均は1mmol/L前後。

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参考までに、各セット中の心拍数に関する推移です。スピードに比例して心拍数も上昇しています。

では次に、GPSウォッチで予測されたLTの数値を見ていきましょう。

※計測機器はGarmin ForeAthlete 630Jにて計測。

日頃からLTのモニタリングをしていると、どうやら心拍数をもとに、LTペーストをはじき出しているようです。

なので、アップダウンの激しいコースで計測した場合(自動アップデートされます)LTペースは遅くなります。

計測環境を揃えるために、平地で計測した値を用いることにします。

直近のデータを見ると、LTペースは5′01″/km、心拍数は165 bpmという結果でした。

つまり、LTペースに1分以上の差がある事になります。

ということは、GPSウォッチで計測されたデータには信憑性がないのでしょうか?

ここで、実測したデータをもう少し掘り下げていくことにします。

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スポーツ医科学センターで計測したデータシートを見ると、血中乳酸濃度が2 mmol/Lと4 mmol/Lの時のペースト心拍数が表示されています。

血中乳酸濃度が2 mmol/Lの時で見てみると、ちょうどLTペースに近い値です。

※血中乳酸濃度が2 mmol/Lになった地点=LTではありません。おおよそ2 mmol/L程度にはなると思いますが。

血中乳酸濃度が4 mmol/Lの時はOBLA(Onset of Blood Lactate Accumulation)と呼ばれ、直訳すると血中乳酸濃度の上昇開始点となります。

LTと何が違うのか・・・という話ですが、LTの場合は、上記のグラフからも分かるように、曲線のカーブが急に変化しているポイントです。

OBLAは長時間運動を維持できる限界の強度(少なくとも30分〜1時間程度)とされています。

ここまで見ていくと、GPSウォッチで弾き出された数字はLTよりもOBLAに近いことが分かります

VDOTとの関連性を考える

では最後に、VDOTとの関連性を見ていくことにしましょう。

今回の記事では乳酸性作業閾値(LT)がテーマとなってるので、VDOT自体の詳細は書籍に譲ります。

VDOTを活用すると何が良いのかというと、膨大な量の統計から、例えばフルマラソンの記録を予測していくれたりすることです。そして、どんな練習をしていけば良いのかを数字で把握できることが大きなポイントです。

例えば、VDOTが40の人はフルマラソンを3時間49分45秒程度の力がありますよ!と言った感じです。

10㎞を50分くらいで走る人であれば、おおよそ3時間49分45秒程度の力があるのではないかとの見方もできます。

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※代表的な距離でのVDOTの一部

ジャックダニエルズのランニングフォーミュラでは、練習法の1つとしてTペースで走る(閾値ランニング)というものが存在します。閾値=LTです。

今回、筆者が計測した数字は実測でのLTペース6分15秒、GPSウォッチでの予測値が5分01秒、OBLAペースが4分53秒です。

これらの数字をVDOTに当てはめてみたいと思います。

スクリーンショット 2016-09-04 23.06.49※TペーストVDOTの関係性

LTペース、LTペース(GPS)、OBLAペースの近似値を取っていくと、それぞれ、VDOT31、VDOT41、VDOT42となります。

次に、それぞれのVDOTからフルマラソンのタイムを予測すると、4時間41分57秒、3時間45分09秒、3時間40分43秒という感じです。

ここ半年以上フルマラソンに出ていないので、推測の域を出ないわけですが、おそらく最低でも4時間は切れるのではないかと思います。

そう考えると、ジャックダニエル氏の理論に近いものは実測のLTよりもGPSウォッチで予測されたLTということになります。

まとめ

ここまで様々な切り口で文章を書いてきましたが。まとめると、下記のように仮説を立てることができるのではないでしょうか。

・LTの実測値はトレーニング強度(閾値ランニング)としては強度が低いのではないか?

・GPSウォッチで計測されたLTペースはLTよりもOBLAに近いのではないか?

・トレーニングメニューを考える際にGPSウォッチが弾き出した数字を活用することは、十分にアリなのではないか?

・ジャックダニエルズが提唱する閾値ランニングはLTよりもOBLAに近いのではないか?

しかしながら、今回の事例はたった一人の事例に過ぎません。

なので、参考程度に読んでいただければと思っています。なぜなら、繰り返しになりますが事例数が少ないからです。

他の人が同じように計測をしたとしても、同じようになるかどうかは分かりません。同じようになるかもしれないし、ならないかもしれない。

なので、最低でも8人以上のデータを集めて吟味していく必要があるでしょう。

今回は、一探求者の探求事例として見ていただければ幸いです。

尚、乳酸性作業閾値(LT)を簡易的に予測し、日頃のトレーニングに活かすには乳酸性作業閾値の予測ができるGPSウォッチを活用するといいでしょう。

※現状ではGARMIN(ガーミン)のGPSウォッチの一部で、かつ心拍ベルトの装着が必要です。

尚、2017年にアメリカの会社から筋肉中の酸素飽和度を計測できるデバイスがリリースされました。

筋肉の疲労状態を可視化できるデバイスです。心拍数とは違い、筋肉中の酸素状態をリアルタイムで把握できるので、今後注目されるでしょう。GARMIN(ガーミン)のGPSウォッチとも接続できますので、一度下記の記事をチェックしてみてください。

関連記事:【最新ウェアラブルデバイスHumon Hex】ランニング時にリアルタイムで筋肉中の酸素を計測し、疲労状態を可視化する!

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