【心拍トレーニングの限界】心拍に影響を与える7つの要因

日本においても、マラソンのトレーニングを実施する際に、心拍数を計測することの重要性はある程度理解されるようになってきました。心拍数を計測・管理しながらトレーニングを行う、いわゆる心拍トレーニングには多くのメリットがあります。

中でも、大きなメリットは個々人の運動強度を把握できることです。トレーニングをランニングのペースのみに頼った状態で実施するだけだと、なかなか運動強度を把握できません。なぜなら、仮に同じペースであったとしても、人によって運動強度が違うからです。

例えば、10kmの自己ベストが30分のAさんの5分/kmペースは、ジョギング感覚で実施できるペースです。ですが、10kmの自己ベストが60分のBさんの5分/kmペースは、本人にとってかなり速いペースです。Bさんは5分/kmペースだと、10㎞走りきれないわけですから。

つまり、同じ5分/kmペースであっても、AさんとBさんではランニング中の運動強度が全く違うわけです。ではどうやったら運動強度を把握できるのか?簡単に説明すると、自身の最大心拍数を100%とした時に、その何%でトレーニングをしているかが理解できれば、運動強度が分かります。

例えば、最大心拍数190bpmの人が10㎞のトレーニングを心拍160bpmで走り続けたのなら、約84%の運動強度であることが分かります。

心拍トレーニングに関する記事は【心拍トレーニングと運動強度】ランニングのパフォーマンスUPに必要なこととは?の中で紹介しています。合わせてご覧ください。

さて、本題はここからです。

確かに、心拍数を計測・管理しながらトレーニング行うことは重要です。さらに、レースマネジメントを行う上でも、心拍を管理することは重要になってきます。ですが、心拍トレーニングや心拍数をベースにしたレースマネジメントは重要ではあるものの、決して万能ではありません。

そこで今回はランナーには定着しつつある心拍数を計測・管理する方法の限界について、詳しく見ていきましょう。

ランニング中に心拍数を計測・管理することの限界

1980年代の研究では、心拍の反応とアスリートの運動負荷の変化には大きな相関関係があると結論づけています。また、この頃にスポーツ科学者とコーチによって「心拍ゾーン」という考え方が作られ始めました。

ですが、その後スポーツ科学は過去30年以上に渡って大きく進化をしてきました。そして、多くの要素がランナーの心拍変動に影響を与えていることが分かっています。

現在では多くの要素が心拍反応に影響を与えているため、心拍の反応には信頼性が無く、予測がしにくいと言われるようになってきているわけです。

その結果、ランニング中の心拍計測は効果的なトレーニングツールとは言えない!とされるようになりました。

では、心拍に影響を与える「多くの要因」とは何があるのでしょうか?まず整理していきましょう。

深部体温

ランニングをしている時間が長くなればなる程、深部体温が上昇してきます。

フルマラソンレースでスタートからゴールまで、同程度の心拍で走ったと仮定します。レースに出たことがある人なら、きっとレース後半は身体が熱くなっていることを容易に想像できるでしょう。

仮に6分/kmのペースが非常に楽なペースだと感じるランナーであっても、長時間同じペースで走った場合、心拍数は上昇してきます。

長時間のランニングによって、深部体温が上昇してくるため、ある意味自然な現象と言えるわけです。

カフェインや他の刺激物

カフェインやその他の刺激物を摂取することで、心拍数は上昇してしまいます。朝、一杯のコーヒーを飲んでからランニングする、もしくはレースに出ると心拍数は上がりやすいですし、最近であればカフェイン入りのエネルギージェルもありますので、摂取することによって心拍は上がりやすくなってしまいます。

カフェインやその他の刺激物が良い・悪いという話ではなくて、摂取することによって心拍に影響が出るということを理解して下さい。

興奮/緊張状態

特にレース前に極度な緊張状態にあったとすると、心拍数はいつもに比べて高くなっているはずです。練習ではスタート時点で100以下の心拍数の人も、レース前だと100を越えているケースは多々あります。

そうすると、レース中の心拍数も練習の時と大きく変わってくる場合があります。アドレナリンが出ることで心拍反応は大きくなります。

また、他の感情状態(フラストレーション、イライラ、不安など)によっても、心拍反応は大きく変わってきます。

体内の水分摂取状況

心拍数は水分補給の状態によっても大きく変化してきます。特に発汗との関係性を見ていくと分かりやすいでしょう。

汗は血液の一部から作られるので、ランニングで汗をかくほど体内の血液量が少なくなります。

体内の血液量が少なくなると、血液の粘性が高くなります。そうなると心臓が全身に向かって血液を送り出す心拍出量の減少に繋がります。

結果的に、心臓は筋肉にこれまでと同じ量の酸素を送り続けるためには、より速く拍動しなければなりません。

なので、仮に同じ強度の運動を維持していたとしても、時間の経過と共に発汗によって体内の水分量は低下するため、心拍数は徐々に上がっていくことになります。

高度上昇

普段のトレーニングを高度の低い場所で行っている人の場合、標高の高いところで走ると、心拍数は低地で走るよりも高くなります。

海面から約1,500m以上になると、心拍や呼吸は高度が上昇するに従って増加していきます。空気中の酸素濃度が減少するためです。特にウルトラマラソンやトレイルランナーにとって、高度はパフォーマンスに大きな影響を与えるでしょう。

疲労

これまで紹介してきた要素は心拍数を増加させることに繋がっていましたが、「疲労」に関しては心拍数を抑制することに繋がる場合が多くなります。

仮にあなたが疲労状態にある場合、エネルギー需要の増加に対する心拍の反応は遅く、鈍くなります。

つまり、普段のトレーニングによって疲労が蓄積した状態とそうでない場合を比較すると、同じ運動強度でも心拍の反応が変わってくるということになります。

以上、大きく6つの要素をそれぞれ紹介してきました。心拍を判断基準としてトレーニングやレースマネージメントしているランナーは心拍の反応が予想以上に大きくなり過ぎると、スピードを落とす傾向にあります。

この判断が正しいこともあります。ですが、特に上記6つの要素が絡んでくると、実はペースを落とすことが正しい判断ではない・・・という可能性もあるということです。

カーディアック・ドリフト

最後にもう1つ、トレーニング強度を心拍数のみに頼ることの問題は「カーディアック・ドリフト現象」にあります。

特に暑い時の練習やレース中には、同じペースを維持しているにも関わらず、時間経過とともに心拍数が少しずつ上昇していく傾向が強くなります。これが「カーディアック・ドリフト」と呼ばれる現象で、主に深部体温の上昇や疲労、体内の水分量が減少することで起こると考えられています。

このグラフを見ても分かる通り、特に3〜5本目は同じようなペースで走っているにも関わらず、心拍数は上昇しています。

特に長時間走る場合は、心拍数のみを頼りにしていると、トレーニングやレースの際に誤った判断をしてしまう可能性があります。

では、どうするのか?

現在、海外では心拍を計測することに加えて、2つの判断軸を持つことが推奨されています。

自覚的運動強度(RPE)と呼吸

1つは自覚的運動強度(RPE)と呼吸による判断基準を持つことです。

自覚的運動強度(RPE)とは運動中、主観的にどれくらいの負荷がかかっているのかを数値で表す指標です。一般的にRPEのスコアは6〜20で、数値が大きいほど「きつい」運動であることを示します。

書籍Training Essentials for Ultra Runningでは、トレーニング目的、運動強度とRPE、呼吸の関係性について、上記の表のようにまとめています。

RPEのスコアは4〜10で、10は最もハードな運動強度です。

例えば、VO2maxの向上を目指すような、インターバルトレーニングを行う場合のRPEのスコアは10であり、呼吸は短くかつ速くなります。

単語レベルで、4文字程度発することができるレベルとなっています。

パワー

2つ目はパワーを基準にしたトレーニング、レースマネジメントを実施することです。

確かにRPEや呼吸を基準にした運動強度は分かりやすく、実施することも簡単です。ですが、「主観」であることには変わりません。それぞれの運動強度の境界線を引くのも困難です。

また、自分自身の感覚だけに頼っていると、練習プランを立てるにも、練習結果からどんな分析をすれば良いのかも分からなくなってしまいます。

そこで、海外で注目を集めているのが「ランニング中のパワー」を基準にして運動強度を決める方法です。この記事を書いている時点では、日本のメディアは全くパワートレーニングに関する情報について触れていません。

トライアスロンや自転車競技はパワーをベースにしたトレーニング手法が確立されています(それでも、日本は海外に比べて遅れをとっていますが)。

少し前から海外では、いくつかのランニング用パワーメーターが開発され、ノウハウが体系化されています。

心拍数はその日のコンディションや外部環境によって大きく変動します。練習での150bpmのペースとレース本番での150bpmでは、ペースが全く異なるケースもあるわけです。また、ランニング中の心拍反応はGPSウォッチなどのデバイス上では、遅れて反応してしまいます。

どういう事かというと、例えば同じペースで急な上り坂にさしかかったとすると、心拍数は上昇します。ですが、GPSウォッチで計測している心拍の反応は上り坂にさしかかった直後ではなく、遅れて上昇し始めるということです。下り坂で心拍が落ちる際も、同様のタイムラグが生じます。

一方、ランニング中のパワーを計測は、どれだけの推進力を生み出しているのかがダイレクトに表示されます。

また、パワーメーターでランニング中のパワーを計測することで、トレーニングによってランニングエコノミーが改善されたかどうかが分かります。

フォーム改善のトレーニングを実施する前後で、同じコースを同じパワーで走ったと仮定します。トレーニング後により、速いスピードで走ることができれば、ランニングエコノミーは向上したことを意味します。

まとめ

今回はランニング中の心拍計測、心拍トレーニングの限界について考えてみました。

繰り返しになりますが、ランニング中に心拍数を計測することが無意味だということではありません。心拍のみに頼った練習やレースマネジメントを行うのではなく、合わせて自覚的運動強度(RPE)やパワーを計測することで、より精度の高い練習、レースマネジメントが実施できます。

パワートレーニングに関する情報は、ランニング用パワーメーターSTRYDでパフォーマンスは変わるのか?の中で少しだけ触れています。

トレーニング手法はシンプルで分かりやすいので、理論・考え方を理解してしまえば、効率的なトレーニングが実施でき、合わせて良質なフィードバックが得られます。パワートレーニングは特に時間がなく、効率的にトレーニングをしたいランナーやトライアスリートに有効です。

ランナーズNEXTでは、ランニングのパワートレーニングに関する情報提供、セミナーやワークショップを企画しています。

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