標高2,000mと3,000mの低酸素トレーニング時に身体反応はどう変化するのか?
最近特に、持久系アスリートの間で実践者が増えている低酸素トレーニング。
短時間で効率的にトレーニングができるということもあり、ビジネスマンアスリートにも高い人気があります。
筆者自身も低酸素トレーニングを始めて、その効果を実感しているわけですが、低酸素環境に身を置くことで、身体がどんな反応をしているのか?
具体的な数値として公表されているものは、それほど多くありません。
一般的に低酸素トレーニングは、運動中の動脈血酸素飽和度(SpO2)を計測しながらトレーニング(主にランニング)を実施します。
※動脈血酸素飽和度(SpO2)
血液中の酸素の大半(約99%)は赤血球の中にあるヘモグロビンによって運ばれます。
飽和とは最大限の状態です。
酸素飽和度=ヘモグロビンが運べる最高の状況に対し、実際にどの程度まで酸素を運べているか?を表すもの。
確かに、低酸素トレーニング中のSpO2データは逐一チェックすることができます。
ですが、一般ユーザーがトレーニングの時間経過と共に数値がどう変化したか?を振り返って確認することは難しく、更に異なる低酸素環境でSpO2を計測した場合、どんな違いがあるのか?まで比較・検討することは困難です。
そこで今回は標高2,000mと標高3,000mの低酸素環境下で同じ運動を行った場合、心拍数やSMO2(筋肉中の酸素飽和度:筋肉にどの程度酸素が行き渡っているか?)、ヘモグロビン濃度がどう変化するのか?の一例を見ていきたいと思います。
それぞれのトレーニングデータはASICS Sports Complex TOKYO BAYの低酸素トレーニング室にて取得。
心拍数計測はGarminの心拍計HRM-Dual、SMO2とヘモグロビン濃度の計測はHumon Hexを利用しています。
※Humon Hexを使用して計測したSMO2やヘモグロビン濃度に関する詳細は【最新ウェアラブルデバイスHumon Hex】ランニング時にリアルタイムで筋肉中の酸素を計測し、疲労状態を可視化する!をご覧ください。
目次
トレーニング時の条件設定
今回のようなテーマで記事を書く場合、低酸素環境以外の要素(測定条件)をできる限り揃えておく必要があります。
評価するトレーニングデータは筆者自身が実施した2019年12月20日のデータ(標高3,000mの低酸素環境)と同じ年の12月25日(標高2,000mの低酸素環境)のデータです。
どちらもジムにてパーソナルトレーニング(筋力トレーニング)を受けた後に実施。
今回は標高2,000mの低酸素環境と標高3,000mの低酸素環境で同じ運動を行った場合の心拍数(bpm)、SMO2(%)、ヘモグロビン濃度(g/dL)を評価していきます。
なので、それ以外の例えばランニングスピード、傾斜、気温や湿度などを同じ条件に揃えてあげる必要があるわけです。
具体的なトレーニング内容は、ランニングマシンで傾斜5%、時速6km/hで1時間ランニングを行いました。その時のデータから、どんな違いがあるのか?を読み取っていきましょう。
トレーニングで得られた結果&考察
それでは、2019年12月20日と12月25日の心拍数、SMO2、ヘモグロビン濃度の違いをそれぞれ見ていきます。
心拍数の変動について
図1:標高3,000mの低酸素環境における心拍変動
図2:標高2,000mの低酸素環境における心拍変動
心拍数の違いは最小値、最大値、平均値で見ると、12月20日(標高3,000m)がそれぞれ96bpm、157bpm、147bpm。12月25日(標高2,000m)はそれぞれ96bpm、149bpm、142bpmという結果になっています。
どちらもいわゆるカーディアックドリフト現象が起きていて、ランニングの時間経過と共に心拍数が徐々に増加をしているのが分かります。
※カーディアックドリフト現象
同じペースを維持しているにも関わらず、深部体温の上昇や疲労、体内の水分量が減少によって時間経過とともに心拍数が少しずつ上昇していく現象。
全体的に標高2,000mの時に比べて3,000mの時の方が心拍数は高い値を示しましたが、専門のソフトウェアによる解析によると、心拍の上昇率は標高3,000mで12%、標高2,000mで6%という結果になっています。
SMO2の変動について
図3:標高3,000mの低酸素環境におけるSMO2の変化
図4:標高2,000mの低酸素環境におけるSMO2の変化
SMO2の違いは最小値、最大値、平均値で見ると、12月20日がそれぞれ54%、62%、58%。12月25日はそれぞれ61%、73%、70%という結果になっています。
SMO2は筋肉にどれくらいの酸素が行き渡っているか?を示すものなので、パーセンテージが高い方が「酸素が行き渡り、筋肉が動く状態」。
つまり、全体を通じて標高2,000mでトレーニングをしている時の方が筋肉に酸素が行き渡っていることになります。
トレーニング開始時の反応についても違いが見られ、標高3,000mでは開始直後にSMO2値が低下し、その後は大きな変化は見られません。
一方、標高2,000mではトレーニングの開始直後から徐々にSOM2値が増加し、70%を越えたあたりで定常状態に入っていることが分かります。
ヘモグロビン濃度の変動について
図5:標高3,000mの低酸素環境におけるヘモグロビン濃度の変化
図6:標高2,000mの低酸素環境におけるヘモグロビン濃度の変化
最後にヘモグロビン濃度の違いについて。
両方のデータ共に、ヘモグロビン濃度は一旦大きく低下した後、徐々に高くなるような傾向にありました。
ですが標高3,000mの低酸素環境に比べ、標高2,000mの低酸素環境の方が高い数値を示しているのが分かります。
つまり、標高3,000mの低酸素環境に比べると、標高2,000mの低酸素環境の方がより身体に酸素を運びやすい状態にあるわけです。
以上の結果からも明らかなように、標高2,000mの低酸素環境で1時間のランニングをした場合と、標高3,000mの環境で同じトレーニングをした場合は、後者の方が身体に負荷をかけることができていると言っていいでしょう。
今後は、例えば5%の傾斜を10%にした時にどんな反応の違いが見られるのか?ランニングスピードを6km/hから8km/hにした場合はどうなのか?低酸素トレーニングの期間によって身体が順応し、それほど反応の違いが見られなくなってくるのではないか?など様々な仮説を立てながら、効果検証をすることが可能であり、必要にもなってきます。
まとめ
今回は標高2,000mの低酸素環境と標高3,000mの低酸素環境でトレーニングをした時の身体反応を見てきました。
ランニングマシン上で傾斜5%、時速6km/hで1時間のランニングした時のデータを活用しています。
感覚的には標高2,000mの低酸素環境よりも標高3,000mの低酸素環境の方が身体に負担がかかっているような感じがしますが、実際に生体データを取ってみると、数字の上でも標高3,000mの低酸素環境の方が身体にストレスが加わっていることが分かります。
ですが、今回は身体反応の違いを比較検討する、1事例にしか過ぎません。
今後、様々な仮説を立てながら、事例を増やしていく必要があると思っています。
今回の記事に関しては「トレーニング結果の評価方法」という視点で、参考にしていただければ幸いです。