世界で戦えるランナーを育てるために〜城西大学男子駅伝部監督 櫛部静二さん〜

2018年2月の東京マラソンで設楽悠太選手が16年振りに日本記録を塗り替えて以降、明るい話題が多くなった陸上男子長距離界。

選手たちの努力はもちろん、ハード、ソフトのそれぞれで選手たちのサポートする環境も整ってきたと言って良いでしょう。

今回は特に「指導者」に焦点を当てて、普段はなかなか聞くことのできない内容をお届けしたいと思います。

日本のトップ、世界を知る指導者は今何を考え、将来を見据えてどんな取り組みをしているのか?

箱根駅伝を間近に控えた状況ではありましたが、今回、城西大学男子駅伝部監督の櫛部静二(くしべ  せいじ)さんにお話を伺ってきました。

櫛部静二さん プロフィール
城西大学経営学部准教授、城西大学男子駅伝部監督。
2001年の男子駅伝部の創部時からコーチを務め、2009年より同部監督に就任する。
現役時代は早稲田大学、エスビー食品などでトップランナーとして活躍。
3,000m障害の高校記録、1時間走の日本記録保持者でもある。

櫛部監督は2001年創部当初から、今まで部を率いて来られました。今回のインタビューでは、指導者としての「これまで」と「これから」のことを中心にお話を伺っています。

──2001年にコーチに就任した当初と監督となって10年、今との違いを教えてください。

コーチ時代からトレーニングメニューを考案し、指導をしていたので、特別大きな変化というものはありません。

ただ、コーチ時代は自分がこれまで経験してきたことをベースにして、強弱やボリュームを選手のレベルに合わせて行ってきました。

監督になってからは、より強いチームをということを念頭に置いていて、例えばトレーニングにおいては、強度を高めていくことを大切にしています。

距離に依存する、いわゆる「昔ながらのトレーニング」が本当にいいのか?という強い疑問がありました。

距離依存のトレーニングを問い正す部分もあり、特に高強度のトレーニングをクローズアップして取り組むようになっています。

もちろん、様々な研究者たちの論文を読んで検証したりということもしています。

自分自身の経験でも、例えば「なぜエスビー食品時代の人たちが強かったか?」「現代においても通用するくらいのレベルにあったのか?」と考えたのですが、昔の人は距離に重きを置いていたと思いますが、実は強度が高いトレーニングをクローズアップしていなかっただけであって、ものすごくレベルの高い練習をしていました。

私自身も現役時代に強度の高いトレーニングをするにあたって、試合同様の緊張感を持っていた部分もあります。

私自身が実体験で得たものと、科学的な根拠に基づいたことを照らし合わせて行く中で、強度が高いトレーニングなどを少しずつ取り入れていくようになった感じですね。

──昔もクローズアップされていなかっただけで、取り組んでいたものを、もう少し科学的な側面から突き詰めていくというイメージでしょうか?


箱根駅伝エントリーメンバーの練習風景

今、ようやく「高強度トレーニングだ」と言われるようになりました。

私の場合は10年程前から高強度トレーニングの重要性に気づくことができましたが、選手時代に自身が取り組んできたことと照らし合わせながら取り組んでいます。

高橋優太(城西大学卒業、ユニバーシアードで5,000m4位入賞)がいい例ですが、彼には世界のレベルを見せてあげることを意識してやっていました。

今で言うダイアモンドリーグ(当時はゴールデンリーグ)に参加をさせたり、ドイツで行われた試合に参加させて、実際にその時はべケレ(5,000m、10,000mの世界記録保持者)と一緒に走りました。

彼には距離ありきではなくて、「世界のスピードに対応するにはどんなトレーニングが必要なのか?」という視点で、実体験を通して身につけてもらいたいなと思って指導をしていました。

トレーニングは科学的な側面から取り組んではいましたが、実際に現場のことと結びつけて、学生たちにフィードバックするということまでをやろうとすると、部の人数も多く、スタッフ(コーチ1名)が少ないため、なかなか難しい面もあります。可能な限り科学的な面と結びつけてやる、というのは常々考えてやっています。

近年、機械、デバイス等の進化が著しく、Strydもそうですし、VO2 Masterもそうでが、様々なものがワイヤレスでデータ化されて、利用できるようになりました。凄くいい時代になったと実感しています。

これらを活用して、練習の場面などでは、タイムと同等の指標として選手らにリアルタイムでフィードバックすることを目指しています。

──数値化することで学生さんたちの、実際の腹落ち感も違う感じでしょうか?

こちらとしては、彼らが言うキツイ、身体が重い、調子が良いといった主観的な情報だけでなく、客観的な情報を知りたいんですよね。

客観的に見てどうなのか?リアルタイムで心拍数やパワーなど、サクサク取れるのであれば、どんどん使っていきたいと思っています。

実際に心拍数は以前から活用をしていて、例えばインターバルトレーニングをした時に、180を超えるまで追い込むと、この選手は次に行けなくなるとか、リカバリーの時にどれくらいまで心拍が下がっていないと次に進めない、というような指標で使っています。

そういった情報は指導者としては1つのヒントになります。

コミュニケーションツールの一つにもなりますね。

デバイスで取れるデータは大事にして、これから現場レベルでも活かしていきたいところです。

ただ、教える者がその意味を知っていないといけないですね。何のためにやっているのか?が分かっていないと・・・。

単に走れば良いんだよ!ということではなくて、目的意識を持って、選手自身も考えていく必要があるのでは?と思っています。

──就任当初からどのようなビジョンを描き、今の現在地はどの辺りまで来ていますか?


先日行われた合同記者会見にて

選手を育てるのに、箱根駅伝ありきなのか?トラック選手の代表選手を育てることありきなのか?という視点で考えると、私の場合は箱根駅伝に育ててもらっていますが、それは代表レベルの選手を育てるためのものであって、通過点だと考えています。

やはり代表レベルの選手を育てたいという思いはありますね。そこが一番の根底にあるものです。

代表選手を育てることを目指すとなると、当然箱根駅伝は通過点なので、大学が求めている箱根駅伝で結果を出すということは達成できると思っています。

指導者としての信念はそこを目指しています。

ただ、代表レベルで戦える選手を育てるという視点で考えたとしても、大学生は4年で卒業を迎えてしまいます。

村山紘太(城西大学卒業、10,000mの記録保持者)が良い例だと思いますが、日本代表を作るということで、目標は達成できても卒業という絶対的なものがあります。

なので、卒業しても指導者としては活躍してくれる選手を育てるというので、そのためにも自分がやるトレーニングの意味だったり、なぜそうなるのか?という生理的な根拠もそうですし、理解してくれると必ず卒業しても財産になるのかなと思っています。

よって、彼らが在学中に、言える範囲、伝えられる範囲で様々なことを伝えていきたいなと思っています。

──実際に指導をする中で、特に意識をされていることは何でしょうか?

沢山ありますが、トレーニングのことで言えば、指導者自身が勉強をし続けることです。

今で満足しない、ということですね。

変化に対応する、新しいことにチャレンジしていくということは常々思っています。

なので、良いと思うものは取り入れる。無駄なものはなくす。

そして定期的に振り返り検証するよう考えています。

ですが、それよりももっと大事なのは、精神的な部分ですね。

自立した強い選手を育てるために、指導者としてどう言葉かけをしていくか?サポートをしていくか?

選手は監督が発する一言一言に敏感です。彼らが成長するためのアドバイスをしっかりし続けること。これはコーチ就任当初から変わりません。

これら両方を育てていければ、チームも個人も右肩上がりで伸びていくと思います。

少人数でオーダーメイドなメニューを組みたい、というのは正直ありますが、難しい中でも少しずつ段階に応じて、レベルに応じて取り組んでいきたいと思っています。