人類はなぜサハラマラソンを目指すのか?サハラを完走して分かった5つの理由

今回の記事は、第30回サハラマラソン(2015年大会)を完走した経験を踏まえて

「人類はなぜサハラマラソンを目指すのか?」というテーマで

書いていきたい。

テーマ選択を間違ったわけではなく、人類が目指す理由がちゃんとある!

サハラマラソンというと、多くのランナーが

「そんな大変な思いをしてまで、何故走るの?」

「世界一過酷なレースなんて、自分には無理」

「砂漠を走るという発想が考えられない」

など、どちらかというと、他人ごと且つ否定的な発言をするはずだ。

でも、よく考えて欲しい。

サハラマラソンが当たり前の環境だ!という人は、日本に住む人間であれば誰も思わないだろう。

筆者自身もその一人だった。

完走を果たす前までは・・・。

だが、サハラマラソンに参加して、1週間以上を砂漠の上で生活し、完走する経験を得たことで、

サハラマラソンを人類が目指す理由が分かった。

大きくは、5つの理由が考えられる。

成長・進化への欲求

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人間には、誰にでも成長・進化の欲求がある。成長・進化を臨む分野は人それぞれかもしれないが、もっと健康になりたい、もっとお金がほしい、もっと上手くコミュニケーションが取れるようになりたい、できなかったものをできるようにしたい。

などなど。

欲求はあるものの、なかなか一歩踏み出すのは難しいものだ。

まず何から始めたらいいのか、迷うからである。

健康のためといっても、方法は無数になるし、ダイエット1つでもそうである。

お金を得るための方法はどうだろうか?お金を増やす方法は沢山あるし、成長や進化をしなくても良さそうな方法も存在していそうである。

だが、例えば「株式投資」をするにしても、ただお金を払う(預ける)だけではなく、そこには知識や経験が無くてはならないし、「お金を貢いでもらう」にはそれなりの強みが無くてはならない。ここは人それぞれ個人差があるが・・・。

その点、ランニングはシンプルである。

走ること=進化・成長だからだ。

ペース、距離、時間など様々なファクターがあるが、単純に走ることさえできれば、ペースや距離や時間が自由でも必ず力は付く。

現在地がどこかにも寄るが、きっと走る先にはサハラマラソンが待っている(はず)。

つまり、そこを目指したくなるのは人間の本能なのである。

世界一への挑戦

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人間の成長・進化の先にあり、かつ究極的な欲求が「世界一への挑戦」ではないだろうか?

もちろん、始めから誰もが世界一になりたい!世界一に挑戦したいとは思わないであろう。

だが、成長・進化が目に見えて現れる、徐々に結果が出てくると、次のステージの挑戦をしたくなる。

ただ、小さい頃から超一流のアスリートでなければ、ましてや普通のビジネスパーソンが何かの世界一を目指すというのはなかなか難しい。

スポーツの世界一(例えばオリンピックの金メダル)になれるのは、その競技や種目でたった一人。

ビジネスで世界一になるのも容易ではない。

※ニーズのないところでカテゴリーを作るのは除く。

また、そもそも世界一になったという証拠もなかなか得られるものではない。

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