低酸素トレーニングで市民ランナーのパフォーマンスはどう変わるのか?

科学技術の進歩、スポーツ医科学の進歩により、アスリートは様々な形で高度な恩恵を受けています。トップアスリートであれば、専属のサポートスタッフが身近にいるのはもちろんのこと、ハード面でもナショナルトレーニングセンターや国立スポーツ科学センターを始めとした環境が整っています。

市民ランナーを始めとしたスポーツ愛好家も、トップアスリートと同等とまではいかなくとも、それに準じた環境を活用することが十分に可能になり、積極的に活用している人も見受けられます。

ランニングシーンで見ると、レース中のサプリメント摂取、GPSウォッチでの健康管理を含めた計測、専門家によるトレーニング指導など。

中でも、最近ランナーの注目を集めているのが低酸素トレーニングです。

低酸素トレーニングというと、いわゆる高地トレーニングを連想する方が多いのではないでしょうか。

特にマラソンや陸上競技の長距離ランナーであれば、例えばアメリカ・コロラド州ボルダーでの高地トレーニングや合宿を行っていることは非常に有名です。

ですが、私達市民ランナーがわざわざ高地を求めてトレーニングに行くとなると、特に時間的なコストがかかってしまいます。

そこで、わざわざ高地環境に行かなくても、高地トレーニングと同様なトレーニング効果を得られる施設が作られました。

もともとはトップアスリートのみが使用できる専門機関にしかない施設でしたが、近年一般ランナーや登山家が利用できる施設が増えてきました。

そこで今回は今後普及していくであろう低酸素トレーニングについて、実際の体験を踏まえて、紹介していきたいと思います。

今回、低酸素トレーニングを実施した場所は東京・外苑前にあるNEUTRALWORKS。ゴールドウィン(ノースフェイス、C3fitなどを国内で展開)が運営する施設です。

低酸素トレーニングのメリット

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そもそも、ランナーが低酸素トレーニングを実施するメリットにはどんなものがあるのでしょうか?

ここでは簡単に低酸素トレーニングの効果を記載しておきます。

“低酸素環境では、血液中の酸素飽和度が低下、いわゆる体内が酸欠状態となります。
低酸素環境で運動を行うと、肺換気量や循環血液量の増加、乳酸蓄積の軽減などによるパフォーマンス向上、さらに、糖質や脂質燃焼の促進、免疫力の向上などによる健康増進など、様々な効果があることが明らかとなっています。
また、低酸素環境では、平地と同じトレーニング負荷でも、より多くの心肺負荷をかけることができるので、筋肉や関節などに無理な負荷を強いることなく、怪我からの回復などのリハビリ目的としても効果が期待できます。”

※GOLDWINプレスリリースより。

つまり、難しい話は抜きにして、市民ランナーにとってパフォーマンスアップの可能性がある(メリットがある)ということです。

具体的なトレーニングの流れ

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トレーニングは2016年10月 に同施設でパフォーマンスチェックを行い、その結果を踏まえて11月に4回実施しました。

11月11日、14日、25日、28日の4回です。特に決められたわけではなく、私個人の都合です。

各トレーニングはマンツーマンでのサポートをお願いし、実施時間はウォーミングアップやクーリングダウンも含めてトータル90分間。
※セルフトレーニングで実施する場合は60分間。

サポート&トレーニング指導はミウラドルフィンズ(三浦雄一郎氏のエベレスト登頂をサポートした低酸素トレーニングチーム)所属でノースフェイスの契約アスリートでもある宮崎喜美乃さん。

今回は標高2,000m相当の空間でトレーニングを実施します。

私が実際に実施したトレーニングプロトコルはOBLA相当の運動負荷で3分間ランニング、LT相当の運動負荷で1分間のランニングを計10本行いました。

参考:乳酸性作業閾値(LT)を様々な切り口から考察したら、こうなった!

ランニングはランニングマシン上で行います。ちなみに、酸素マスクは装着しません。

低酸素トレーニング中は心拍数と自覚的運動強度(RPE)、動脈血酸素飽和度(SpO2)をモニタリングしながら、負荷をコントロールしていきます。

※動脈血酸素飽和度(SpO2)
血液中の酸素の大半(約99%)は赤血球の中にあるヘモグロビンによって運ばれます。飽和とは最大限の状態を指します。
酸素飽和度=ヘモグロビンが運べる最高の状況に対し、実際にどの程度まで酸素を運べているかを意味します。

SpO2は低酸素室に入るだけで95%程度になり、一番運動強度の高い時で74%まで低下をしていました。

自覚的運動強度は今自分がどれくらいのきつさなのかを数字で表現したものです。20が「もう限界」という数字で、19:非常にきつい〜7:非常に楽に感じる、までの間でその時の辛さを表現します。

トレーニング前後の変化

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一般的に言われている「低酸素トレーニングを実施することで得られる効果」が理解できたとしても、あなたが本当に知りたいのは「実際にパフォーマンスがアップするのかどうか」ではないでしょうか。

そこで、私自身の例を紹介することにします。

前提として、効果計測はできるだけシンプルにしなければなりません。

例えば、低酸素トレーニングの結果、フルマラソンの記録が向上するのか?という視点で見たとすると、記録に絡む要素が沢山ありすぎて、本当に低酸素トレーニングの効果で記録が伸びたのか(もしくは伸びなかったのか)を特定できません。

天候・気温、コースなどの外部要因やレースマネジメント次第では記録が大きく変わることがあるので、なかなか条件を一定にすることが難しいわけです。

そこで効果測定については、日頃のペースと心拍数の関連性をモニタリングすることにしました。

同じ心拍数で、ペースが向上していれば、パフォーマンスは向上したと判断できるからです。

更に効果計測を簡便なものにするために、Garmin ForeAthlete 630JにてLT値(乳酸性作業閾値)を計測し、その時のペースと心拍数を継続的にモニタリングすることにしました。

ちなみに、LT値は自動的にアップデートするように設定してあるので、何度も計測をする必要はありません。

トレーニング実施前のLT値はペース5分3秒/km、心拍165bpmでした。

最終的には4分41秒/km、心拍163bpmに変化しています。この変化は低酸素トレーニング期間終了後ではなく、期間中に記録したものです。

つまり、2拍低い心拍数でも1㎞あたり20秒近く速く走れるようになった=パフォーマンスが改善したことになります。

もちろん、低酸素トレーニング以外の練習でパフォーマンスが上がっているケースも考えられます。ですが、低酸素トレーニングを実施するまでLT値がなかなか改善しなかったことを考えると、低酸素のトレーニング効果は大きいものだったのではないかと推察できます。

※GPSウォッチが記録したLT値は正しいのか?という議論はここでは重要ではありません。ここで大事な視点は数値の「変化」です。どんな数値であれ、改善したという事実があれば問題は無いということです。

まとめ

今回は低酸素トレーニングが私達市民ランナーにとって本当に有益なのか?を検証すべく、一般的に言われている効果、そしてトレーニングの内容と、結果について紹介をしてきました。

もちろん、特定のトレーニング法に頼って日頃の練習・トレーニングに取り組むべきではありません。

今回は記事制作をベースに実施しており、低酸素トレーニングに関する実際の効果をできるだけシンプルにまとめることが目的でした。なので、このような書き方になっていますが、「これさえやっていればパフォーマンスは上がる!」という類のものではないと理解しておくことは重要です。

特定のトレーニング法に限定するのではなく、トレーニングの中の選択肢の1つとして活用していきましょう。